私、君を信じたいのです
あのとき、決死の思いで体育館に入って良かったと思っています。
10月、大学後期のはじめ、私が休学から帰ってきた初日、なんだかやたらに暑かったですよね。校舎内には、まだ半袖を着てる学生の姿もちらほらありました。義務教育でもないんだから、単位だけ取ってもいいんですが、生真面目な性分で嫌々ながら学校に登校していました。
ちょうど文化祭の準備でサークル活動が活発になってきたころでしたよね。当時、私にはそこまで多くの友だちがいませんでした。ですが、どうしてもひとりぼっちだと認めたくなくて、友だちの繋がりが欲しくてサークル活動の拠点、体育館に足を踏み入れたのです。
体育館は、いつもとは違って木材や段ボールとかカップ麺とかの混ざった生活の匂いで溢れていました。おそるおそる皆が文化祭の準備をしている体育館の一角に踏み入れると、みんな、久しぶり、と声をかけてくれました。私は、自意識過剰すぎましたね。思ったよりもすんなり受け入れられたことにほっとしていました。
「初めまして、やんな?」
ふと、知らない声が降ってきました。見上げると、君が話しかけてくれていました。初対面でなんなんですが、粒立てて吐き出す声とか笑うと猫みたいに柔らかくなる目とか人懐っこい関西弁、それらがみんな素敵だと思いました。
聞けば、この学校に編入してきたとのこと。たった半年でサークルに打ち解けている姿に、私とは上がる舞台が違う人だとも思いました。
そんな君と私は、ひょんなことから一緒に過ごすようになり、お付き合いをはじめます。好きだとか好きじゃないとかそんなのわかりきっているから、言葉にしなくても良かったんですが、私は言葉で言ってもらいたかった。憧れの人と同じ舞台に上がっているみたいなミーハーな嬉しさを感じたかったのかもしれません。だから、わざわざ「好き」と言ってもらいました。その節は、わがままを聞いてもらって、ありがとうございました。
それから3ヶ月くらい経ったいつかの雨の日、私の部屋。7畳のワンルーム。
ベッドに置いた取り込んだばかりの洗濯物を除けて、君はスマホを片手に我が物顔で寝転びます。2人分の洗濯物がぼたぼたと床に落ちていく様に嫌な顔をしている私に気づかず、君はスマホをいじり続けます。あきらめて私が洗濯物をたたみにかかると、君は私の不穏な様子に気づいたのか、おずおずと洗濯物に手を伸ばし、一緒に手伝いにきてくれました。
ざあざあと降る雨の音の中で、私と君は正座をし、膝の上で服を畳み、黙々と手を動かします。その途端、私には、憧れだった人が自分の部屋でくつろいでいる、その事実がなんだか不思議なことに思えて、
「あのさあ、」
「何」
「どうして私に話しかけてくれたん?」
唐突な質問に君は驚いた顔をしましたよね。私も、あ、これは重い話をしてしまった、と心に汗をかくのを感じていました。それでも、少しの間うーと唸って考えた後、
「こういったらなんやけど、友だち少なかったやろ?僕もな、編入したばっかで…君と編入生の僕やったら、仲良くなれるんやないかって思ったんよな。」
意外でした。
君は、いつも人に囲まれてにぎやかな人だと思っていたから。そうやって、人と仲良くなることにハードルを感じない人なのかと思っていたから。そういうと、君は「そんなわけないやろ、ちょっと気い張って笑っているだけや」、と笑いました。そのとき、ふと思ったんです。きっと、君と私は弱さの部分であるさみしさでつながったのかもしれないですね。
ちょっと、大袈裟な話をさせてください。人生って、選択の連続で成り立っていると思うのです。明日の朝ごはんを何にするかみたいな小さなことから、転職するしないとか、結婚するしないとかの大きなことまで。
ひとりは身軽だけど、おぼつかない。信じられる誰かといることで、選択の軸ができると思うんです。それがどれだけ強いことか。私は、君を信じられると思います。だって、君のことが好きで、大切ですから。それだけじゃなくて、弱い部分でつながった私たちは、きっとお互いの存在を支えあいながら生きていけると思うんです。君はどうですか。なんだか、こんなことを書くのは恥ずかしいですね。
あの時からはやいもので、5年が経ちました。無事に学校を卒業し、互いに別々の道を歩みはじめました。それでも縁あって今、君は私の隣でコントローラーを握りしめて真剣にゲームをしています。イカを模した可愛いキャラクターに照準を合わせて引き金を絞り、勝敗に一喜一憂しています。
私は、そんな君の様子を隣から見ることができてとても嬉しく、あの時重い体を引きずって体育館のドアを開けた自分を褒めたく思うのです。
そして、勝手ながら、私はこれからも君を信じつづけたい。
君はどうですか。
この縁の始まりは、君が作ってくれました。だから次は私から。いつか言葉にしてちゃんとお伝えしたいな、と思うのです。